Grimperときどき脂鰭そして流されて

Master of Stoneに憧れつつも、パートナーのいない日はTrout Fishingに出かけてしまう日々の記録
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...... 2011年04月04日 の日記 ......
■ 夢と妄想と現実   [ NO. 2011040401-1 ]

 去年の暮、ある日僕は夢を見た。あの夢は、今でも忘れない。

 ここからは、その夢が気になってしまい、その時メモした文面のコピーだ。

 

 「夢の中ではあるが、僕はクライミングをしている、と言うことを意識している。夢の中でその岩を登るのは、僕が初登攀と思われた。ボルダーにしては大きすぎ、ラインと言うには短めの、10m程の岩だった。通常のクラックラインとは違い、謙虚な横の層のクラックだった。そのクラックに、僕は夢の中で所々NPをセットしていた。
 夢の中で、ビレイヤーはU2だった。以外と難しくはないと感じている。多分11N程なのではないだろうか?岩場を綺麗にし、立木を終了点にして、首尾よくRPしていた。 夢の中で僕はU2と相談していた。
 『これって本当に初登攀なのだろうか』と云う不思議な疑問が頭に浮かんだからであった。冷静に考えると、こんな山の中の小さめの岩場に好きこのんで、登りに来る人間なんていないだろし、益してチャートをNPで、登る人間なんて、居ないだろう。又、居たとしても、かなり限られてくる。だから初登攀の可能性は大きいだろう。

 しかし、この魅力的なラインを放って置くのはおかしいし、これぐらいのラインであれば、ある程度の実力がある人なら、朝飯前だろう。

 もし、初登攀でなくても僕らは一向に気にとめないが、ここでライン名を付けグレーディングし、友人にのみ発表したところで、本当の初登者が現れた時は、まさに滑稽だ。 逆に数年後、誰かが同じように初登攀したと思い発表した時は、僕らはどう感じるだろう。そんなことを話していた。
 そこで僕の夢は、そのまま近未来に飛び、同じ場所に立っていた。 僕らの周りの景色は、そんなに変わりはしないが、街燈があったり、ベンチがあったり、ランニングをしたりしている人がいたりして、なんだか公園の様な様子になっていた。

 僕らがロープを結び、ハーネスをつけ登っていたラインを、多くの若者がアスレチックでもするかの様に、アンダーウェアーにスポーティーなシャツやパンツなどでフリーソロしていた。
 その同じ場所に立ち、僕らは未来の若者と会話をしていた。『未来じゃこんなに人気の場所になってんだ!実は僕らが初登したんだよ!』といったら、『初登って何?』という答えが返ってきた。『もしかして、ここは大昔アルプスの頂上だったの』と聞かれた。」
 朝起きてから、夢を明確に覚えていたのはここまでだったが、いろいろ考えてしまい、起きた後も妄想してしまった。近未来人類におけるクライミング技術が発達し、万人が5.12で15m前後までなら階段を登るように登っていたら(そんなことは在りえないだろうが)、初登攀やライン名とは何の意味があるのだろう?
 彼らに取っては、階段なのだから、初登攀者がいて、グレードがあっても、全く無意味なのでは無いだろうか?

 ましてや、ボルトの意味とは、何なのか?まるで洗濯板みたいだと思ってしまった。

 僕のメモは、まだまだ続いていたが、アップするのはここまでにしておこうと思う。

 

 実は、まさにその時見た夢の舞台は、ここ底areaだった。

 今日、そのエリアで目標ラインはRPする事は出来、正夢になったと同時に、ライン名を考えている自分に大きな矛盾を感じていた。この気持ちはどう整理すべきか、考えてしまう。

 また、ビレイヤーはF田くんだった。F田君にはとても感謝しているし、U2はムビーを撮っていてくれた。「ありがとう」。

 全てが、正夢と一緒では無い事に感謝しつつも、この心に一度発生してしまった矛盾は、そう簡単には無くなりそうもないように感じている。

 

 取りあえず、気になったラインがRP出来たことだけは、素直に喜びたい。

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...... 返信 ......
■ライン   [ NO. 2011040401-2 ]
例のライン登れたんですね。おめでとうございます!!



グレードは後から付いてくるとして、初登かどうかはとても重要なものだと思います。あるルートを初登することは、初登者の岩からラインを見出す感覚やボルトの位置や数で感性や心意気まで表れてしまうからです。

ラインホルト・メスナーは「良い岩壁の良いルートは芸術作品です。人生のようなものです。私たちは人生を送りやがてその人生は消え失せますが、何かが残ります。残るのはルートです。」と言ってますが、あるルートが消滅しない限り初登者のクライミングに対する姿勢や意志が永遠に残るのがルートだと思います。


人が滅多に訪れないような場所で岩を見つけラインを見出し、良きパートナーと登る。それがこの一本に込められた意志であるならば、とても素晴らしいルートなんじゃないでしょうか。
たびと 2011/04/05 01:03:59 
■(無題)   [ NO. 2011040401-3 ]
 「底」のシンボル的な、あの被ったラインですよね。おめでとうございます。

 「底」はどのラインもグレードに関係なく想像力を掻き立てられれる素晴らしい岩場だと思います。私も水平クラックにカムが入らないところにどうやってNPをとろうかと真剣に考えていました。
 正夢は意志の強さ、大願成就というところですね。
K 2011/04/05 20:32:49 
■気持ガ伝わって   [ NO. 2011040401-4 ]
 コメントありがとうございます。
 本当に勉強させられるコメントでした。
 僕がこの夢を見た時のコメントには、実はまだ続きがあって、『こんな夢を見たのは、多分少し前に鈴木謙造さんの本を読み終えたからだろう。最近感じるのは、クラックは自由だということだ!。ボルトを打たなくとも良いのは勿論だが、70mのクラックがあれば、10mでも30mごとにでも、ピッチを切って登ることも、70mワンピッチで登ことも自由自在だ。まるで虫の様だ。』とメモしていました。様は、自由でありたい。それだけのことの様な気がします。規格で作られたロープに合わせるわけでもなく、人の感性(ボルト)に支配され登る訳でもなく。まだまだメモには、続きはありますが、この夢は普段僕の表面に出てこない、クライミングに対して真摯(より一層楽しみたい?)にありたい心の葛藤の様な気がして、メモして大切にしています。
 旅人君のコメントも、Kさんのコメントもとても嬉しく、大切にしたい内容です。
 ありがとうございます。
フジ 2011/04/07 22:24:45 

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